林檎
何百年も昔、あるところに小さな王国があった。東は高い山に守られ、北と西には大きな森、南には深い海が広がるその国は、他の国に襲われることもなく、長い間平和を保っていた。
そんな国に、国ができたころからずっと伝えられてきた、一つの伝説があった。「魔法の林檎の木」として知られるその伝説は、王国の北の小さな丘に生えているという、一本の林檎の木にまつわる話だった。
その林檎の木は一年に一度だけ、どんな林檎よりも真っ赤で、形の美しい林檎をつけるという。そしてその林檎をかじる時に、願いを込めながらかじると、最初の一口分だけ願いが叶うというのだ。
しかし、人々がどれだけ探しても北に林檎の木の丘は見つからず、見つかる可能性があるのは大きな森だけであった。だが、森は常に深い霧が立ち込めており、いくつか作られた道以外にまともに通ることのできる場所はなく、結局だれも見つけられずにいた。そのため、伝説の真偽は未だ誰も知らないままであった。
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よく晴れたある日、一人の少女が森の方角へ歩いていた。彼女が住んでいるのは北の外れの小さな村、つまり向かう先の森は、国の北西の巨大な森だった。
パンや牛乳が入った籠を運ぶ彼女が目指すのは、霧で暗い森の中でも比較的明るい場所にすむ、彼女のおばあさんの家だった。森の中でしか育てられない種類の苺を育てているおばあさんは、若いころからずっと森の中で生活してきたのだった。とはいえ、年をとった今、自分で村へ行き来するのは厳しく、必要なものは村に住む孫娘が運んでいるのであった。
ところが、さっきまでよく晴れていたというのに、突然雨が降り出した。慌てた少女は、茶色い長い髪をなびかせながら、走り出した。そして大きな木の幹に小さな穴を見つけ、そこで雨宿りをすることにした。
木陰の側に、大きな水溜りができていくのを見つめながら、少女は雨が止むのをじっと待っていた。この地方は通り雨が比較的多いため、すぐに止むだろうと思っていたのだ。しかし、いつまで待っても雨は止む気配を見せず、痺れを切らした少女は、雨の中進むことにした。
だが、穴の中で立ち上がろうとした瞬間、穴の底が抜けた。おそらく、もともと落とし穴のようになっていたのが、立ちあがった拍子に開いたのであろう。そして、滑り台のようになっていた穴を抜けた先にあったのは、小さな丘であった。
丘の中央には、一本だけ木が立っていた。そして、木になっていたのは真っ赤な丸い果実であった。おそらく林檎と思われるその果実は、美味しそうであると同時に、ひどく怪しい雰囲気も持っていた。
お腹を空かせていた少女は、そっと林檎に手を伸ばし、しかしその手を引っ込めた。結局彼女が林檎を食べることはなく、穴から抜け出したあとそのままおばあさんの家へと行ったという。
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およそ一年経ったある日、その日もよく晴れていた。森の中を歩いていたのは、一人の少年だった。彼は商人である両親とともに旅をしていたのだが、王国に入るために大きな森を通っていた途中、はぐれてしまったのであった。
辺りの霧は深く、賢いその少年は下手に動くのは危険と判断し、はぐれた場所からできるだけ離れない範囲で両親の姿を探していた。だが、少年の両親は彼ほど賢くはなく、がむしゃらに探しまわったためいつまで経っても少年を見つけることはできなかった。
そして突然、雨が降り出した。叩きつけるような激しい雨であったため、少年は近くの大きな木の幹の穴に入った。ところが、その底には穴が開いており、やや急な坂になった穴を滑り下りていくと、小さな丘があった。
丘の中央に立つ、一本の林檎の木。その木になった、真っ赤な林檎を少年は手に取った。だが、賢い少年は、この国に伝わる伝説も知っていた。
少年は、丘の側に落ちていた古びた地図で森を出る道を知り、両親のことを気にしながらも森を抜けた。抜けた先にある、民家が十数軒しかない小さな村では街への道を聞き、そうして少年が辿り着いたのは、小さな王国の中でも中々の大きさを誇る街であった。
鞄の中から、真っ赤な林檎を取り出した少年は、それを伝説の林檎として商人に売った。どの商人も半信半疑ではあったが、その赤さと美しい形のおかげで、林檎はかなりの高値で売れた。
少年はそのお金で商売を始めて、幸せに暮らしたというが、彼の両親がどうなったかは誰も知らない。
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更に一年経ったある日、その日もまたよく晴れていた。とはいえ、王国の北西の森は霧のおかげでその日も暗く、地図を持って入ったとしても、すぐに迷子になってしまいそうな状態であった。
そんな中を歩いていたのは、豪華な装飾品を身に付けた少女と、大勢のお供達であった。王国の中でも一二を争うほどの名家のお嬢様である彼女は、林檎の噂を聞きつけて、探しに来ていたのであった。生まれたときからお金に困ったことは無く、なにもかもが恵まれていた彼女であったが、どんなに地位やお金があろうとも、人の愛を得ることはできなかったからだ。
とはいえ、彼女が全く愛されなかったかというとそういうわけでもなく、事実彼女へ求婚する男達は数え切れないほどであった。そして、かつて林檎を手に入れた少年もその一人であった。
何百人もの召し使いを連れて来た彼女は、彼らを使って迷わないようにしながら、少年から聞いた大きな木の幹の穴を探した。森の側の小さな村に住む少女からも話を聞いていたため、その木はすぐに見つかった。だが、見つけた瞬間に雨が降り出したため、慌てた彼女はお供を先に行かせることもせず、自分から木の幹の穴へと入り、そして奥へと滑り下りて行った。
小さな丘には林檎の木があり、その先には真っ赤な林檎がなっていた。見つけた瞬間駆けだした少女は、林檎を手に取り、いつまでも振り向かない彼を思いながらかじりついた。
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林檎の毒で深い眠りについた彼女を起こしたのは、彼だった。
彼と彼女は結ばれたが、願いを叶える魔法の林檎のおかげか、はたまた魔女の作った毒林檎の偶然か、林檎の木が枯れてしまった今、それを知るすべはない。
終
高校の文芸部にいた頃に書いたはずだけど、提出せずに没にしたっぽいお話。
当時の記憶が曖昧。