White Rabbit
山に積もっていた雪も解けはじめ、暖かな風が吹き抜ける三月の初めのこと。色とりどりの花々で溢れる花畑の中でも、特にクローバーの多い場所に、一匹の白うさぎがいました。その白うさぎは、熱心に何かを探しています。
「うーん、見つからないなぁ」
そうつぶやきながら白うさぎが探しているのは、幸運の象徴とされる四葉のクローバーです。しかし、白うさぎがもう三日以上も探しているにもかかわらず、四葉のクローバーは見つかりません。
「四葉のクローバーが描かれた笛は拾ったんだけどなぁ。やっぱり誰かに聞いたほうがいいかもしれないな。よし、しまりすさんに聞いてみよう」
白うさぎはそう言うと、森のほうへと駆けて行きました。
白うさぎが向かった先、森の中にある大きな木に作られた家に住んでいるのは、しっぽが自慢のしまりすでした。彼女はかわいらしいものが大好きで、四葉のクローバーや綺麗な色の木の実、色鮮やかに咲いた花を集めていました。そして、それらがよく見つかる場所も知っていました。
「すみません。しまりすさんはいますか?」
白うさぎが、木の小さな扉をコンコンと叩きました。
「はい。その声は白うさぎさんですね。どうぞ中へ」
しまりすのかわいらしい声が聞こえ、白うさぎは家の中へ入りました。しまりすの家の中には、かわいらしい飾りがたくさんありました。薄いピンク色のカーテンには小さなハートの模様が描かれ、壁に取り付けられた棚にはぬいぐるみや人形が並んでいました。部屋の中央には小さな丸いテーブルとそれを囲む小さな椅子があり、しまりすはそこに座っていました。
「白うさぎさんがわざわざこんな所まで来るなんで、珍しいですね。何かあったんですか?」
しまりすが尋ねました。
「実は、四葉のクローバーを探しているんです」
「四葉のクローバーを、ですか。何か理由でもあるんですか?」
楽しそうに、しまりすは言います。
「普段は僕も、探したりはしないんですけどね」
苦笑いを浮かべながら、白うさぎは続けます。
「三日ほど前のことでした」
よく晴れたその日、白うさぎは赤い花を付けたミミといううさぎと一緒に歩いていました。ミミは白うさぎと同じように真っ白なうさぎで、大きな赤い目が特徴的でした。
「そういえば、前に四葉のクローバーが欲しいって言ってたよね」
「うん、そうだけど。急にどうしたの?」
突然尋ねた白うさぎに、不思議そうな顔をしてミミは答えました。
「もうすぐ、ミミの誕生日だろ。だから、その、君にプレゼントしようと思ってるんだ。これから探しにいくから、その間君に会えないかもしれないけど、必ず見つけて誕生日には帰ってくるから」
「白うさぎ君……」
そして、少し迷ったような顔をした後、ミミは続けました。
「うん、わかった。待ってるね」
「ミミちゃんへのプレゼントでしたか。でも、それではもう三日は探しているわけですよね。それでも見つからないのですか」
「はい。よく見つかるといわれる場所はみんな探したんですが、全然見つからないんです」
ややうつむきながら、白うさぎは言いました。
「なるほど。では、あの噂は本当だったのかもしれませんね」
「噂、ですか?」
「はい。」
そう言うと、しまりすは立ち上がって、本棚のほうに向かいました。そして、一枚の大きな紙を取り出しました。
「これが、この辺りの地図なんですけどね」
机の上に広がった大きな紙には、少し古い地図が書かれていました。
「この大きな湖の周りで、最近雨が降ってないんです。この辺り一帯も含まれるんですが、その影響で見つかりにくくなっている植物があるという噂を聞きまして……」
「つまり、それが四葉のクローバーかもしれない、ということですか」
白うさぎは静かに言いました。
「ええ。多分そうでしょうね。ただ、それはつまり、雨が降るようになれば四葉のクローバーも見つかるということだと思うんです」
「でも、雨が降るようにするなんて……あっ、湖の周りで雨が降らなくなっているんですよね」
思いついたというように白うさぎは言いました。
「そうです。そして、この辺りの雨は、湖の神様が降らせているという話もあるんです。なので、そこに原因があるとは思うんですが……行ってみますか?」
ゆっくりと、確かめるようにしまりすは言いました。
「行ってみます。遠くまで探しに行くような時間なんて、もうないですしね」
そう、はっきりと言った白うさぎを、止めたいと思いつつも無理なのだと感じたしまりすは、桜色の戸棚の方へ向かいました。
「行くのでしたら、ちょっと待っててくださいね」
そう言いながら、しまりすは薄い緑色の笛を取り出しました。そして、家の扉を開けると、空に向かって笛を吹きました。
「今から走って湖に行っても、ミミちゃんの誕生日には間に合いませんよね」
しまりすが言うと同時に、遠くの空から何かが飛んできて、あっという間にすぐ近くの枝に止まりました。
「お久しぶり、はやぶさ君」
枝に止まったのは、大きなはやぶさでした。白うさぎが驚いている横で、しまりすは続けます。
「今日は、彼を湖まで連れて行ってほしいんだけど、いいかしら?」
はやぶさは、ゆっくりと頷きました。
「よかった。白うさぎさん、はやぶさ君は無口な子だけど、すごく速いからあっという間に湖まで行けるはずよ」
「そ、そうなんですか。わざわざありが……」
白うさぎが言い終わらないうちに、白うさぎを乗せたはやぶさは飛んでいってしまいました。そして空には白うさぎの悲鳴だけが残りました。あまりの速さに叫んでしまったのでしょう。
「あいかわらず、早く行動するのが好きですね。白うさぎさん、大丈夫かしら」
ちいさく笑いながら、しまりすは言いました。
何百年も生きているという大きな木でできた森は、まだ昼間だというのに静かで薄暗く、動物の気配がほとんどありませんでした。森の中央は周りよりやや明るく、そこに湖はありました。森の動物たちも滅多に来ないその湖は、どことなく不思議な雰囲気を醸し出していました。そんな湖のすぐ側に、突然はやぶさが現れました。そして、白うさぎを降ろすと、あっという間に去っていきました。
「本当に速いなぁ……お礼言い損ねちゃった」
そうつぶやくと、白うさぎは立ち上がって湖のほうを見ました。
「ここの神様が雨を降らせてるってことは、やっぱり雨が降らない原因は神様に関係しているってことなんだよね。あっ、でもどうやったら神様に会えるかわからないし……」
はりきって来たものの、いきなり壁にぶつかった白うさぎは、しばらく悩んでしまいました。そうしてぶつぶつとつぶやきながら白うさぎが考えていると、近くから声が聞こえてきました
「おーい、誰かそこにおるんじゃろ」
しかし、考えるのに夢中になっている白うさぎは気がつきません。
「ほら、聞こえとるんじゃろ。早く返事をしてくれんかの」
それでも白うさぎは考え込んだままです。
「そんなに長い耳を持っていながら、なぜ聞こえんのじゃ。こうなったら、これでどうじゃ」
すると、突然湖から大きな水しぶきが上がりました。水は白うさぎにもかかり、驚いた白うさぎは思わず飛び上がってしまいました。そしてびしょびしょになった白うさぎは、ようやく誰かがいることに気がつきました。
「え、えっと、その、どなたでしょうか?」
「わしはこの湖の神じゃ。まったく、せっかく誰か来たと思ったら、気がつくまでにこんなに時間がかかるとは……」
「か、神様ですか! あの、何か御用でしょうか」
戸惑いながら、白うさぎは言いました。
「用もなにも、お前がわしに会いたがっとったんじゃろ。わしは神じゃからな。なんでもお見通しじゃぞ」
ただしそれは、白うさぎ自身がそうつぶやいたのを聞いていたというだけに過ぎないのですが、疑うことの苦手な白うさぎは、神様に心を読む力があるのだと思い込んでしまいました。
「失礼しました。あの、では用件なのですが、ここ最近雨が降っていなくてそれについて何か知っておられるのではないかと思いまして、ここまで来たのです」
「なんじゃ、その話か。それはの、わしがやった」
事も無げに神様は言いました。
「えっ! あ、あの、なぜそんなことを……」
「ここのところ、誰もこの湖に来てくれんのじゃ。最後に来たのは、去年の春にねずみの子どもが迷い込んで来たときじゃったかの」
「もしかして、寂しかったのですか? だったら、森のみんなを呼んできます。そうすれば、寂しくないですよね」
そう言って、白うさぎが森の中へ入ろうとすると、神様が大声で呼び止めました。
「駄目じゃ。そう行って逃げるのじゃろ。わしはもう一人ぼっちは嫌なのじゃ。お前だけでもここにいてもらう!」
神様の声が辺りに響くと同時に、湖の水が飛んできて白うさぎの行く手を阻みます。それを必死に避けながら、白うさぎは森の中を駆け抜けます。そして、大きな木の陰に隠れました。
「ここまで来れば大丈夫かもしれないけど、相手は神様だしな」
近くに他の動物の気配もない森の中で、白うさぎは困り果てました。
「なにか手は……そうだ! こうなったら一か八かやってみるしかない!」
そう、白うさぎが言った瞬間、大量の水が白うさぎの目の前まで迫ってきました。それをなんとかかわした白うさぎは、四葉のクローバーが描かれた笛を取り出しました。
「拾ったものだから、何が起こるかわからないし、なにも起こらないかもしれないけど!」
そして、白うさぎは笛を吹きました。すると、笛から暖かな音色がこぼれてきました。暗かった森はいつの間にか明るくなり、明るくなった森の奥や、遥か彼方の高い空からたくさんの動物たちがやってきました。
白うさぎは、そのまま笛を吹きながら湖の方へ駆け出しました。水も次第に、襲ってこなくなりました。
「これで、寂しくないですよね」
湖に戻ってきた白うさぎが言いました。その周りには、たくさんの動物たちがいます。
「ま、まさか本当に、こんなにたくさんの動物を呼んでくるとは……」
思いもよらない状況に、神様は戸惑いました。
「だから、雨をまた、降らせてくださいね」
ようやく雨が降り始め、喜んだ森の動物たちはこれからも湖に遊びに来ると約束しました。友だちがたくさんできて、寂しくなくなった神様は、今まで雨を降らせなかったことを謝りました。
そして白うさぎは、野原の真ん中でしゃがみこんで何かをしています。
「話聞いたよ。怪我とかしてない?」
白うさぎが驚いて顔を上げると、目の前にミミが立っていました。
「すっごく心配したんだよ。私のせいで、白うさぎ君になにかあったらって。だからもう、四葉のクローバー探さなくても……えっ!」
ミミが言い終わらないうちに、白うさぎは手の中にあるものを見せました。
「それは……」
「なんとか見つかったんだけどね、しまりすさんに二人で一つずつ持ってたら二人にとってすごくいいことがあるって言われて、もう一つ探してたんだ」
そして、白うさぎは手の中の四葉のクローバーを差し出しました。
「白うさぎくん……じゃあ、こうしましょう」
そう言うと、ミミは葉っぱのポシェットから四葉のクローバーを取り出しました。
「ここに来る途中で、たまたま見つけたの。だから、二人で交換しましょ」
「うん」
月日は流れ、白うさぎもミミも年を取りましたが、二匹はずっと一緒に、幸せに暮らしたといいます。それが四葉のクローバーのおかげか、それとも別のなにかによるものなのかは、誰にもわかりません。
終
高校の文芸部で書いたお話。
読み返すと、今でも当時の合評のことを思い出すので、それぐらい自分にとって思い出深いのかも。