砂漠の墓


 私の主は、この国の王に仕えていました。えさを与えに、主が私のもとに来るたびに話すのは、王のことばかり。主にとって、いえ、この国のほとんどの民たちにとって、王とは神のような存在なのでした。
 そんな、偉大なる王が亡くなったのは、私が四歳の頃。主はひどく泣き悲しみ、しばらくは誰とも話しませんでした。そんな中でも私にえさを与え続けてくれたことは、不幸中の幸いでした。とはいえ、主もいつまでもそうしているわけにはいきません。
 偉大なる王のために広大な砂漠にピラミッドを作り上げるのは、専門の技術者と奴隷、それから農業が出来ない時期の農民たちの仕事でした。そして、私の主の仕事は、次なる王のもとに仕えること。主は、悲しい心を抱えながらも、新たな王のもとで懸命に働き続けました。
 悲しみに暮れていたのは、主だけではありません。主と同じように王に仕えて働く者はみな、王の死後、どうにもそれまでの活気がないように思われました。しかし、新たな王のもとで働くうちに、その活気は取り戻されていきました。
 私は、主が他の者たちと同じように元気を取り戻すことを、ずっと願っていました。主は、笑っている方が素敵だと思うからです。それに、人も生き物なのですから、いつかは死ぬのです。だから、こんなことで立ち直れなくなる主ではないと、信じていました。
 王の死から一年ほど経ったある日、私は主の笑顔を久しぶりに見ることができました。ただし、それは思わぬ形で訪れました。その日から、主の仕事場は変わりました。
 私には、主について行くかどうかを選ぶ権利がありました。聞いた話によると、主の新たな職場の環境は、王の側にいる今よりはるかに厳しい環境だそうです。普通なら、この場にとどまって、新たな飼い主を捜したでしょうね。でも、私は主が大好きでしたし、今の退屈な生活にも少し飽きていました。
 主と私が辿り着いたピラミッドの建築現場では、多くの人々が働いていました。仕方なく働いている人々もいましたが、私の見る限り、先代の王を慕って働く者も多いように感じられます。主ももちろん、そういった人々の一人で、毎日せっせと働いていました。今までの一年ほどの間、主はずっと辛そうな顔をして働いていましたが、それとは比べ物にならないぐらい、活き活きとした表情を浮かべていたのです。
 そんな主と過ごす時間は、私にとってもすばらしい時間でした。確かに、先代の王が健在だったころの主のほうが好きでしたが、辛い時期のあとの今のほうが、不思議と幸せに感じられるのです。私は、こんな時間がずっと続けばと思っていました。
 しかし、私の寿命は人間のそれよりもはるかに短いものでした。主がピラミッドの建築に参加し始めてからおよそ五年後、私はピラミッドの完成を見ることなく、この世を去ろうとしていました。
 ピラミッドの完成が見られないことは、別に辛いことでもなんでもありませんでした。私と同じように暮らす仲間たちだって、そんなことにはまったく関心を持っていませんでした。ただ、私はピラミッドが完成したときの主が見たかったのです。そして、主のことがひたすら心配だったのです。人と話すことが苦手で、いつも私にばかり話しかけていた主が、これからどう生きていくか。
 そんな私の思いに、神は答えてくれたのかもしれません。私は、今度は化け猫となって主の前に現れました。主は、初めて会ったときと同じように、すぐに私を受け入れてくれました。一つだけ変わったのは、私のえさがいらなくなったことでしょうか。
 更に時は流れて、とうとう先代の王の死より、二十年もの月日が経ちました。ピラミッドの完成も間近に迫っていました。ですが、主もその頃に亡くなってしまいました。主と過ごすためだけに化け猫となった私も、まもなくこの世を去りました。ですから、ピラミッドが無事完成したかどうか、私にはわかりません。
 ただ、一つだけ言えることは、亡くなる直前の主が今までにない笑顔を浮かべていたことです。きっと主は、最後まで王のために働くことができたことを、誇りに思っていたのでしょう。
 私も、もし生まれ変われるのであれば、主のように生きたい。そう思いながら、私はこの世を去って行きました。

 *

 小さい頃から、一度はピラミッドというものを見てみたいと思いながら、私は育ってきました。敗戦後の貧しい日本で、おばあちゃんが話してくれた遠い異国の話に出てきたそれに、私はなぜだか心ひかれたのです。
 高校を卒業した私は、とあるお屋敷で働くことになりました。広い屋敷で働く、たくさんの家政婦の中の一人です。廊下の掃除と裏庭の手入れが、私の主な仕事でした。
 屋敷の主人は大変忙しい方だそうで、滅多に帰ってきませんでした。そのため、私が初めて会ったのは、働き始めて三年目の秋のことでした。
 いつものように廊下を掃除していると、息子と遊んでいるご主人を見かけたのです。そして、そのほんのひと時の間に、私はご主人のことが好きになりました。恋愛感情などとは違うよくわからない感情でしたが、今までよりも一生懸命働こうと、その日私は決めました。
 廊下の掃除と庭の手入れは地味な仕事で、多少さぼってもばれませんから、それまでは手を抜くこともよくありました。しかしその日から私は、誰の目にもとまらないような僅かな隙間まで掃除し、時間があれば他の場所まで手伝うようになったのです。気がつけば私は、大勢いる家政婦の中でもかなり高い地位にいました。
 地位自体は、正直に言いますとどうでもいいというのが私の本音でした。とはいえ、地位が上がればそれだけご主人に会う機会も増えました。そうしてご主人に会うたびに、私はますます仕事に精を出すようになりました。ご主人のために一生懸命働き、時々ご主人の姿をお見かけする、そんな日々の中で私はとても幸せでした。
 ですが、その幸せな日々はある日突然壊れてしまいました。ご主人が交通事故に遭い、亡くなってしまったのです。ショックで立ち直れなくなった私は、仕事を辞め、一人で家にこもりました。幸い、今まで働いて貯めたお金があったので、しばらくは働かなくても食べていくことができました。
 ご主人の死から一年ほど経ったある日、高校時代の友人から電話がありました。同窓会をするのだそうです。私は結局行きませんでしたが、ふと懐かしい気持ちになってアルバムを開いてみました。そこに書いてあった私の将来の夢は、ピラミッドを見ることでした。
 残っていた財産のほとんど全てをつぎ込んで、私はエジプトに行きました。広大な砂漠の、巨大な墓を見に行ったのです。
 これだけの巨大な墓を、昔の人々は一体どのような思いで作ったのだろうか。そんな疑問が、私の中に起こりました。そしてそのまま歩いていると、答えはすぐに見つかりました。とても、簡単なことだったのです。
 すぐさま日本に帰ろうと空港の方へ足を進めると、一匹の猫に会いました。ちょっとなでてやると、どうやら懐いてしまったようで私についてきます。なぜだか私も猫のことが気に入り、連れて帰ることにしました。
 日本に帰った私は、働いてお金を貯め、土地を買いました。そしてその土地で、石を積み上げていきます。ご主人にはすでに立派なお墓がありますが、どうしても自分の手で作りたかったのです。とても大きなお墓を目指しましたから、気付けば猫は化け猫になっていました。しかし、そんなことは気にもとめず、私はひたすらお墓を作り続けました。

 日本のとある田舎で、誰かが巨大なお墓を作っているという噂話があるそうです。その噂が本当かどうかはわかりませんが、そのお墓が今も少しずつ大きくなっていることは確かなようです。


高校の文芸部で書いたお話。
「雲と赤」と同じく、年に一度、テーマとかを決めて作る部誌で書きました。
この時はいろんな小説のジャンルの中から、それぞれの書くジャンルをくじか何かで決めたはず。

そして「時代モノ」という全然書いたことのないジャンルを引いてしまい、それでもどうにか書いたのがこのお話。
今思えばいい経験にはなったと思うから、他のまだ書いたことないジャンルに挑戦してみるのもいいかもしれない。


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