一


「号外だー! 号外だよー!」
 王都からやや離れた、小さな田舎町。普段は穏やかなその町にも、世界を騒がす大ニュースが届いていた。
「どうなってしまうのかしら……」
「食料も高騰するぞ、今のうちに買いこんでおけ」
「大丈夫だって、きっと勇者様が現れて、解決してくれるさ」
 世界が、人類が直面している大問題、それは魔王の復活であった。魔王とは、数百年おきに復活しては、圧倒的な力をもってして、配下の魔物たちとともに人類を窮地に陥れる恐怖の象徴だ。彼らは、数十日の間この世界で力を蓄え、やがて逃れられない滅びを引き起こすと言われる。そうして何度も滅びかけたこの世界で人々がまだ生きていられるのは、魔王が現れるたびに伝説の剣を持った勇者も現れ、魔王に勝利してきたからであった。
 とはいえ、たとえ今回の魔王も勇者が倒してくれるのだとしても、それまでに人類がどれほどの被害を被るのかはわからない。そもそも、必ず勇者が魔王を倒せるという保証すらどこにもないのだ。町の住民の大半は、これから訪れるかもしれない魔王の軍勢の侵攻に恐怖していた。
だが、通りの中央を堂々と歩く魔法使いの少年は、少しの恐怖も感じられない表情をしていた。大きな青いとんがり帽の下に覗く顔には、自信が満ち溢れている。
「魔王だろうとなんだろうと、この俺が勇者を支えるんだ、世界は救われたも同然だな」
「はいはい、人違いかもしれませんけどね、ソーダ先輩」
 少年の隣を歩く、ふわっとした赤い帽子を被った少女は、少年の自信満々な言葉に呆れた声で返した。彼女も魔法使いなのか、太い樫の木の杖を持っている。
「人違いなんてことはない。勇者パーティーの魔法使い、そして魔王討伐後の宮廷魔術師として、俺ほどふさわしい人材は他にいないだろ?」
 話しながら、透き通った水色の宝石が輝く長い木の杖を、少年は誇らしげに構えた。かっこいいポーズのつもりなのだろう。青い瞳で、ざわめく通りの先を見据える。
「腐るほどいるんじゃないですかね」
「はは、冗談はよしてくれよ?」
 若干気を落としつつも堂々とした態度は変えない少年から、少女はいくらか距離を取って歩いた。少女の茶色い髪から覗く桃色がかった瞳が、少年の方へ向く気配はない。
「それに、俺がこれから勇者の仲間として、大活躍するのは事実だからな」
「……」
 とうとう話に付き合うことをやめた少女は、白いローブを揺らしながら無言ですたすたと先を歩いていく。少年を置いて行っても構わないといった風である。
「俺がすごすぎるからって、距離を置かなくてもいいだろ!」
 群青のマフラーをひらめかせながら慌てて追いかける少年であったが、向かう先である馬車乗り場に着くまで、少女が振り返ることはなかった。

 *

 がたごとと揺れる馬車に、少年と少女は隣り合って座っている。少年の白い髪を覆う青いとんがり帽子と、少女のふわりとした赤い帽子とが、大きく揺れるたびに触れそうになる距離だ。少女は嫌そうな顔をしているが、狭い馬車なのだから仕方がない。違う馬車に乗ろうにも、小さな田舎町から王都へ向かう馬車の数などたかが知れている。普通の住民が王都へ向かう機会など、滅多にないのだ。
「いい気分だよな、こうやって、選ばれた存在として王都に行くってさ」
「勘違いだったら恥ずかしいですけどね」
 大人でさえほとんど王都に行かないような田舎町から、まだ十七の少年と十六の少女が王都に向かうなど、なおさら珍しいことであった。王都に憧れを持つことがあったとしても、それに対する馬車の運賃は洒落にならないうえ、王都に入るには面倒な手続きも必要だ。それでも二人がわざわざ向かう理由は、その日の朝に彼らが受け取った手紙にあった。彼らに送られて来たのは、国王からの直々の手紙、その内容は、重要な要件のため直ちに王城へ来るようにというものであった。少年の方は、朝から騒がれている魔王復活と手紙の内容とを即座に結び付け、勇者とともに魔王を倒しに行く仲間として選ばれたのだと思い込んでいる。
「勘違いなわけないだろ、このタイミングで呼び出されたんだ、他になにがある?」
「思い込みたいなら、まぁ、別に構いませんけど」
 少女は他の可能性も考えているが、それ以上にまず、この少年と共に戦うことになるかもしれないことに対して嫌そうにしている。自信過剰な彼の態度は、正直なところ一緒にいて恥ずかしい。少女は心の中で密かに祈った、二人のうちのどちらかだけでもいいから、人違いであれ。一方、少年の頭の中は、魔王を倒した後のことでいっぱいであった。勇者と共に世界を救った魔法使いともなれば、世界中から注目される存在となるだろう。そうなれば、その後は宮廷魔術師に選ばれ、地位も財力も手に入り、全てが満たされる未来も十分考えられる。大魔法使いとして讃えられながら暮らす自身の姿が、彼の脳内には浮かんでいた。
「しかし、なんとも不憫な魔王だな。この俺が相手だぞ? 勝てるわけがない」
 魔法使いの少年ソーダに、敗北の未来は考えられなかった。

 *

 翌日、長い馬車の旅の果てに辿り着いた王都は、国一番の大都市であった。国中から集まった、様々な姿の人々が行き交う街の中央に、一際巨大な建物がそびえている。尖った屋根の塔がいくつも並ぶそれこそが、この国の王の住まう城であろう。馬車を降りた少年と少女も、早速その建物を目指した。国王からの手紙のおかげで、王都に入るための手続きもそう時間がかからずに済んでいる。
「やっぱり、すらりとした佇まいで、優雅に剣を振るうのよ!」
「いや、がっしりとした筋肉の大男かもしれないぞ?」
「案外かわいらしい女の子だったりしないかなぁ」
 大通りを歩くと、魔王の話だけでなく勇者に関する話題も聞こえてきた。国王が呼び出したとされる勇者について、思い思いの想像を巡らせているようだ。
「話題の中心はあくまで勇者か。だが、俺の活躍が世界に広まれば、今度は仲間の魔法使いが注目の的になるだろうな」
「悪い意味で注目されないといいですけどね」
 慣れない都市ではぐれないようにと気を付けつつも、やはり少女は少年から目をそらして言った。太い杖を握る手にも力がこもる。打撃用の武器でもなんでもない、魔法を使うための道具であるとはいえ、この杖で殴られたら痛そうだ。
「それにしても、この俺と共に戦うという勇者、いったいどんな奴なのか……」
「あ、あんな感じですかね」
 たまたま少女が目を向けた先、そこでは大きな剣を背負った長身の青年が、きょろきょろとあたりを見回しながら歩いていた。格好はかなり田舎らしい雰囲気に溢れているが、焦げ茶色の髪の隙間から覗くしっかりと結ばれた黄色い鉢巻きと、使い古されてきたように見えるどっしりとした大剣からは、どことなく「勇者感」とでも言うべきものが漂っていた。
「勇者じゃないにしても、随分と気合いの入った格好だな」
 少年はそのまま先に進もうとしたが、ちょうどその時青年は二人の方を向き、少女と目があった。彼は少女の方へと歩み寄り、一通の手紙を握りしめながら尋ねた。
「ねぇねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、王城ってどっちに行けばいいかわかるかな?」
 にこにこと、人の良さそうな笑顔で青年は話しかけたが、驚いた少女は僅かの間固まってしまった。
「本当に勇者でした……」
「え、いや、確かに王様からお呼び出しは受けたけど……ど、どうなんだろうか」
 思ったことをついそのまま口にしてしまった少女に、金色の瞳をくるくるさせながら青年は困惑している。
「その手紙の印章、国王のだろ? 俺たちも呼ばれたが、二人とも魔法使いだから、剣を持っているお前が勇者じゃないかと思ってな」
 少年の言う通り、青年の握っている手紙には少年たちの受け取った手紙と同じく、国王のものらしい印章があった。内容もおそらく同じなのであろう。
「そうなの? うーん、そういうものか。それより、目的地が一緒なら僕も一緒に行きたいな。初めて来たから、道がわからなくて」
 ころころと、わかりやすく表情を変えながら青年は話す。その様子は、背丈に似合わず子どもっぽく見えた。
「私たちも初めてですけど、それでもよければ」
「やったぁ、ありがとう。嬉しいなぁ」
 少女の答えを聞くなり、青年はとても嬉しそうな笑みを浮かべた。少年に呆れ続けて無表情になっていた少女も、つられて少し笑ってしまう。
「僕はコーン、よろしくね」
「私はアセロラって言います、よろしくお願いします」
「俺は天才魔法使いのソーダだ」
 少年は相変わらず、自信たっぷりで偉そうな表情をしている。相手が誰であろうと、この態度を崩すつもりはないのかもしれない。
「あれ、そういえば、どうして魔法使いが二人なんだろう?」
 歩き出す前に、コーンはふとつぶやいた。純粋に、不思議そうな顔をしている。
「俺は攻撃魔法に特化しているが、アセロラは回復魔法が専門だ。魔法使いにもいろいろあるからな」
「なるほど、そうなんだねー」
 納得したように、コーンは笑った。やはり、思っていることがわかりやすい顔をしている。その後も彼はにこやかに、歩きながらもあれこれと話し続けた。どうやらこの青年は、田舎の村で畑を耕しながら剣の修行もしてきたらしい。どちらも捨てずに両立させている様は、魔法の修行にかまけて家の手伝いその他をさぼり続ける少年とは大違いだとアセロラは思った。いつの間にか表情も緩み、彼が勇者なら本当に勇者パーティーの招集でもいいかもしれない、そんなことまで考えるようになっていた。
「畑を荒らす猪か、俺ならそれぐらい、魔法であっという間に」
「先輩、王城が見えてきました」
 道がわかりやすく、心配したほど迷わずに辿り着いた王城は、街の外から見た時よりもまた一段と巨大に思われた。ぐるりと取り囲む黒い塀、その奥には首が痛くなりそうなほど高くまでそびえる白い壁と、朱色の尖った屋根の建物が佇んでいる。
「ここが……俺が将来活躍する舞台か」
「城門はあちらですね、コーンさん」
「そうみたいだね、あ、手紙を用意しとかなきゃ」
 見張りの兵士たちが厳重に守る門へ、三人は歩いていく。門の前には厳めしい格好をした門番が立っていたが、手紙を見せると門はあっさり開かれ、城の中へと通された。巨大な門をくぐり、立派な服を着た国王の使いに案内されて城の奥へと進む。廊下に立ち並ぶ複雑な装飾が施された柱の隙間からは、白猫が日向ぼっこをしている広い中庭が見えた。反対側の壁には等間隔で扉が並んでおり、その大半は書庫なのだそうだ。勤勉で有名な現在の国王が造らせたらしい。
「国王の準備が整うまで、こちらの部屋でお待ちください」
 そう言って通されたのは、廊下と同じく豪華な造りの部屋であった。書庫ではないものの、壁際にはいくつも本棚が置かれている。中央には大きなゆったりとしたソファーとテーブルがあり、すでに一人の青年が座っていた。隣に弓と矢筒を置き、真っ黒なコーヒーをすすっている。
「お前たちも、国王に呼ばれて来たのか」
 カップを机に置き、弓使いと思われる緑の服のその青年は話しかけて来た。
「あ、うん、王様から手紙をもらって……剣士のコーンです、よろしくね」
「回復魔法を使うアセロラです、よろしくお願いします」
「ソーダだ。天才魔法使いの俺がいる以上、何の心配もないだろう」
「俺は弓使いのフェンネルだ、よろしく頼む。ところで」
 フェンネルと名乗った青年は立ち上がり、ソーダの方へと歩み寄った。床の絨毯が上等なものだからか、足音はしない。
「人の顔も見ずに名乗るって、いったいどういう了見だ?」
 そっぽを向いていたソーダの目の前に立った彼は、同じぐらいの高さにあるソーダの目をじっと見つめた。彼のやや長めの黒髪の間からのぞく漆黒の瞳が、ソーダの青い瞳を睨みつけている。
「俺は天才だからな、たまたま選ばれただけの凡人かもしれないお前とは違う」
「本気で言ってるのか?」
「本気だが?」
 フェンネルの非難の視線は、普通の人ならばすぐに謝ってしまいそうなほどに怖いが、ソーダは一歩も引かずに見つめ返した。火花が散りそうな勢いで二人はにらみ合っている。
「ま、まぁまぁ、これから仲間になるんだし、仲良くしよう、ね? 初めは難しくても、だんだんお互いのことがわかっていったら、きっと仲良くなれるって」
 険悪なムードをなんとかしようと、コーンはにこやかに話しかけた。頭一つ分以上背の高い彼から軽く肩を叩かれ、二人は渋々互いに目をそらす。
「あの、こんな先輩ですけど、仲良くしてもらえたら助かります。先輩はその態度をいい加減やめてください」
 アセロラは樫の木の杖で、ソーダの頭を叩いた。ゴツンと音がして、とんがり帽の下で白い髪が揺れる。
「……痛い」
「そう思うなら、少しは反省してください」
 反省の色を見せないどころか、油断した隙ににらみ合いを再開しそうなソーダに、アセロラは思わずため息をついた。町では自信家で傲慢な性格として知られていた彼だったが、外に出てもその態度は変わらないらしい。フェンネルの方も、険しい表情のままだ。
「そ、そうだ、仲良くなるためにさ、お互い、自己紹介しない? 出身地とか、好きなものとか、さ」
 ピリピリとした空気をほぐそうと、コーンはにこやかに笑いながら提案した。だが、そんなタイミングでちょうどノックの音が響く。静かに開いた扉から、先程の使いの者が現れた。
「国王陛下の準備が整いました。これよりご案内いたします」

 *

 通された部屋は、まさに王の間と呼ぶにふさわしい空間であった。中央に敷かれた赤地に金の装飾をあしらったカーペットには皺一つなく、両脇に並ぶ兵士たちは少しの乱れもなく整然と並んでいる。そしてその先、数段高いところに据えられた金の玉座には、深紅のマントに身を包み、茶色く立派なひげを蓄え、頭には目映く光る王冠を載せた国王がどっしりと構えていた。勤勉なだけでなく、真面目で責任感が強いと言われる国王だが、評判通りの雰囲気を醸している。
「ソーダ・ウィル、アセロラ・アメリー、フェンネル・シューカー、コーン・プライア、前へ」
 大臣が名前を読み上げ、それに従って四人は横に並んだまま国王の前へと歩み出た。
「四人とも、よく来てくれた。さて、魔王が復活したという話は、すでに存じていることだろうと思う。こうして呼び出したのは、他でもない、君たち四人が、魔王を倒す勇者とその仲間として選ばれたという天のお告げを賜ったからだ」
 そこまで話すと、王は配下の者に、布に包まれた大きな何かを持って来させた。その何かは、一緒に運ばれて来た机の上に、丁寧に載せられる。そして仰々しい動作で布を外され、姿をあらわにしたそれは、銀色に輝く大きな剣であった。金色の鍔には細かな装飾が施されており、見た者を圧倒する雰囲気を漂わせている。
「気付いたかもしれないが、これこそが魔王を倒せる唯一の武器、伝説の剣である」
 コーンの背負う大剣と同じぐらいに長いその剣は、数百年、あるいは数千年前から存在したかもしれないと思わせる貫禄を持ちつつも、錆び一つつかずに美しい姿を保っている。アセロラは、この伝説の剣を真っ直ぐに振るうコーンの姿を思い浮かべた。それはなんとも絵になる光景である。ソーダとフェンネルもおおよそ同じような図を想像していた。
「天は、伝説の剣を扱うにふさわしい勇者を選んだ。剣の真の力は選ばれた者にしか発揮できず、その者が誰なのかはただ剣と天のみぞ知るところである。だが、天はお優しい、お告げと言う形で、選ばれた者が誰なのかを、剣を預かる我々に教えてくださった。それどころか、勇者にふさわしい仲間までもを明らかにしてくださった。ならば、お告げを賜った我々がすべきことはただ一つ。一刻も早く勇者と仲間たちを呼び集め、伝説の剣を託すことだ」
 国王は一呼吸置き、真剣な眼差しで四人を見つめた。緊張のあまり、コーンは何度も唾を飲み込む。
「では、伝説の剣を受け取ってくれ。勇者ソーダよ」
「……!?」
 思いがけない国王の言葉に、四人の間には衝撃が走った。伝説の剣は、名前の通り剣である。斬る、突く、などして直接攻撃するための武器だ。杖のように、魔法を使うために用いることは当然できない。魔法を発動するには、それ用の特別な機構が必要だが、剣にそのような機能が備わっているわけがない。剣と杖は、役割からしてまったくの別物なのだ。剣士が杖を持っても、魔法使いが剣をもっても、まともに戦えない。
 動揺したソーダは、それが顔に出たまま国王を見てしまうが、国王はただ剣を手に取るよう目線で促すばかりであった。他の三人も酷く困惑しており、そもそもソーダにも助けを求められるほどの余裕はない。あまりにも予想外の事態に、頭の中は真っ白であった。そんな頭に、国王の真剣な眼差しが届く。混乱したまま、促されるがままに、とうとうソーダは伝説の剣に触れた。
「……!」
その瞬間、王の間に居た全ての者が息を飲んだ。思わず目を閉じてしまうほどの目映い光が剣から溢れだし、ゆっくりと収束していく。神々しい雰囲気が、王の間に満ちていた。これこそが、彼が伝説の剣に選ばれた勇者であるという証なのであろう。
天は、伝説の剣が魔法を使うための道具ではないにもかかわらず、魔法使いである彼を勇者に選んだ。たとえ彼が、ずっしりと重いその剣を持ち上げるだけで苦労するほどに軟弱であろうと、彼を選んだ。
剣を扱う能力がまるでない少年が、伝説の剣の勇者に選ばれてしまったのである。

 

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